ジュリアン・ウィートリー
BIOGRAPHY

BIOGRAPHY

Close-up image of Julianロンドンで5年あまりエンジニアとしての経験を積む。当初、カッティング・ルームに短期間在籍した後、マーカス・ミュージックのアシスタント・エンジニアとして録音技術の実績を積む。その間、ブライアン・フェリー、レット・デイヴィース、グレース・ジョーンズ、トレバー・ホーン、ロバート・プラント等のアーティスト、プロデューサーと仕事をする機会に恵まれる。その後、ノース・ロンドンのジャム・スタジオに移籍。デヴィッド・シルビアン、エルキー・ブルックス、アナベラ・ルウィン(BOW WOW WOW)を含むプロジェクトを手がける。

1980’s、プロデューサー、アラン・ウインスタンリーとクライブ・ランガーからウエストサイド・スタジオの一員にと誘われ、アランとクライブの専属エンジニアとなった。ここで手がけた仕事にはアブソリュート・ビギナーズのサントラ盤、マッドネス、チャイナ・クライシス、ロイド・コール、ディキシーズ・ミッドナイト・ランナーズ等がある。

その後、サイレンサーズとカーメルのプロジェクトに参加し、デフ・スクールのライブアルバムをクライブ・ランガーと共同制作する。

1990’s 日本に拠点を移し、日本での仕事を中心に活動し始める。 シンクシンクインテグラル参加。

ぬけの良いドラム・サウンド、ナチュラルな音作りが好評。 最近は特にインディーズ・バンドとの仕事に興味がある。

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